第一章:公園の哲学
「ねえ、一番強いのって誰だと思う?」
真夏の午後。ギラギラと照りつける日差しの中、公園のすべり台の下、リクがふと呟いた。トオルは水筒の麦茶を飲みながら「は?」と聞き返す。ミナはすべり台の上から顔を出し、「また唐突だね」と笑った。
「真剣な質問なんだよ。だって、オレらもうすぐ四年生だし」
「関係あるか、それ」
トオルが笑い飛ばすが、ミナが少し考えるように唇を尖らせた。
「うーん、やっぱりプロレスラーじゃない?筋肉ムキムキで人を投げ飛ばすんだし」
「じゃあ、そのプロレスラーに勝てる怪獣は?」
「怪獣をやっつけるウルトラヒーローは?」
「そのヒーローを生んだ、特撮監督は?」
「監督を育てた親?」
「親より、地球を作った神様が最強?」
三人の想像は果てしなく広がり、次第に空想と現実の境目が溶けていく。まるで一つの大冒険の始まりのように。
第二章:終わらない階段
「神さまが一番強いってことでいいの?」
リクがベンチに寝転びながら聞いた。
「でも、神さまって、人が信じないと存在できないって話もあるよね」
ミナが考え込むように言った。
「それなら、神を信じる”心”の方が強いのかも」
「じゃあ”信じる気持ち”が最強……って、なんかフワッとしすぎじゃない?」
トオルが苦笑する。
「でもさ、人が怖いものに立ち向かうとき、信じる力ってめちゃくちゃ大事じゃん。正義とか、希望とか」
「なるほど……」
三人は黙り込んだ。蝉の声がジリジリと鳴り響く中、リクが空を見上げた。
「じゃあ、オレらもさ……いつか、誰かの”強い”になれるのかな」
その一言に、トオルとミナはそっと目を合わせ、何も言わずに頷いた。
第三章:図書館遠征
次の日。三人は図書館に集合し、「一番強いもの」について本とネットで調べ始めた。
リクは歴史コーナーでアレクサンドロス大王やナポレオンの戦略を読み、トオルは恐竜や宇宙の科学書に夢中になった。ミナは哲学や宗教の棚に立ち、なぜ人が神を必要としたのかを追った。
「強いって、戦うことだけじゃないんだね」
ミナがぽつりと言った。
「自分の弱さと向き合うのも、強さなんだなって思った」
「強いって、ぜんぶが“力”じゃないんだ」
リクが手にしていたのは『戦わない勇気』という本だった。
「守ること。耐えること。誰かを信じること。それって、すごく強いことだよな」
トオルが小さく頷いた。
第四章:答えのない地図
三人の中で、「一番強いもの」の答えは出なかった。だけど、なぜかそれが悔しくなかった。
むしろ、見つからないからこそ、もっと探したくなる。
「〝答えがない〟ってことが、もう一つの答えかも」
リクが笑うと、ミナとトオルもつられて笑った。
「強さは一つじゃない」
「人によって違う」
「でも、強くなりたいって思う心は、きっとみんな一緒なんだよ」
夕暮れの光の中で、三人は誰とも競うことのない「追求」を胸に刻んだ。
第五章:自由研究のタイトル
夏休みの終わり。三人の自由研究は、一冊の小さな本になった。手作りの表紙に書かれたタイトルは――
『いちばん強いものをさがして』
中には、歴史上の英雄や空想の怪獣、科学の力、信じる心、そして三人の会話が漫画とイラストでまとめられていた。
最後のページには、三人の手書きの言葉。
「強さはたった一つのものじゃありません。
力でも、速さでも、偉さでもありません。
誰かのために泣けること、信じぬくこと、何度でも立ち上がること。
それもまた、強さです。
だから、私たちは、今日も“強くなりたい”と願います。
まだ見ぬ誰かのために。」
それを読んだ先生は、「これほど深い自由研究は見たことがない」と感心した。そして、三人の親たちは、子どもたちの内側に確かな強さが芽生えていることを感じていた。
最終章:強さの正体
夏が終わるころ、三人はまた同じ公園に集まった。
トオルが言った。
「結局、強さってなんだったんだろうな」
「わからない。でも、きっと“変わる”ものなんだと思う」
ミナが言い、リクが頷いた。
「でもさ、強さを探すこの時間が、一番“強くなってる”時間だったんじゃない?」
風がそっと三人の間を通り抜けた。
その姿は、小さな冒険を終えた旅人のようで――誰よりも、確かに強かった。

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